今年も同じ作業。でも、話はどんどん変わっていく
この時期の仕事は、網を洗ったり、落下傘を付けたり、毎年同じ作業のくり返し。
身体はしんどいけど、ある意味では安心感もある。慣れているし、やるべきことは分かっているから。
でも、今年は作業の合間に聞こえてくる、ある話が気になって仕方がない。
「また昔のやり方に戻した方がいいんじゃないのか」
「今のやり方じゃ、海苔がもう育たんよ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
昔の強い薬と、今のやさしいクスリ
ぼくらの海苔づくりは、「支柱式」という方法でやっている。
これは、海に立てた支柱にロープを張って、網を固定する仕組みだ。
潮が満ちているときは、網が海の上をぷかぷかと浮かぶ。
でも、潮が引くと、網が空中に吊り上がって、太陽と風にさらされる。
この時、網に付いた菌(ばい菌)を、自然の力で乾燥・殺菌できる。これが、病気を防ぐうえでとても大事な時間なんだ。
けれど、天気が悪かったり風が弱かったりすると、菌が残ってしまう。
そのままだと海苔が病気になって、うまく育たなくなる。
そんな時に使うのが、「活性酸処理(かっせいさんしょり)」という方法。
網についた病気の原因を、酸の力で取り除くんだ。
私が生まれる前の、ずっと昔は「無機酸(むきさん)」という、強力でよく効く酸を使っていた
でも強いぶん、海への負担も大きい。だから今は、自然に分解されやすい「有機酸(ゆうきさん)」というやさしめの酸に切り替わっている。
けれど、昔のやり方を知っている人たちは、
「今の酸じゃ弱すぎて効かん」
「前の方がよく海苔が採れていた」
と感じていることもある。
たしかに、昔はよく採れていたのかもしれない
でも今は、海の環境も人の暮らしも、ずいぶん変わってきた。
親父の言葉が、ちょっとだけ違って聞こえた
作業の休憩中、親父とお茶を飲みながらそんな話になった。
「昔はよかったって言うけどなぁ……そりゃ昔は何でも使えたけんね。船底塗料も、国からの基準を満たさんやつは、今じゃダメやろうが」
そう言って、少しだけ笑った。
親父も昔のやり方を知っている人だけど、「今のやり方を全否定するつもりはない」ってことを、自然とわかってるような気がした。
色落ちした海苔と、ガンに効くという話
そういえば、もう一つ最近聞いた話。
「色落ちした海苔はガンに効くらしい」
そんなことをテレビのコメンテーターが言っていた。
ちゃっと気になって調べてみたけど、ちゃんとした証拠は見つからなかった。
それでも、「海苔って体にいいんだな」と思ってもらえるのは、うれしいことだ。
色が悪くても、栄養はしっかりある。自然の力を信じたくなる気持ちは、よく分かる。
それぞれが信じてきたやり方
「無機酸に戻せばいい」
「いや、有機酸の方が環境にやさしい」
――そんなふうに、意見がぶつかることもある。
でも、大事なのはどちらが正しいかよりも、
「それぞれが、何を信じてきたのか」を知ることじゃないかと思う。
ことばにできない”ちから”の正体
昔ながらのやり方を信じる人と、今のやり方を選ぶ人。
そのあいだには、ことばではうまく説明できない“ちがい”がある。
表面だけ見ると「無機酸 vs 有機酸」のケンカみたいに見えるけど、
本当のテーマは――
昔の経験と、今の環境を考える気持ちのズレ
誰の声を信じるか、どこに希望を持つか
そんな”見えない葛藤”があるんだと思う。
熊さん自身も、まだ答えは出せてない。
でも、だからこそ、いろいろな声に耳を傾けていきたい。
おわりに
今年の夏も、有明海では静かに海苔の準備が始まっている。
同じ作業の中にも、いろんな考えが流れている。
そう思うと、毎日の仕事にも、少しだけ深みが増したような気がするんだ。
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